三四回ほども宙に浮いたり、床にぶっつかったりしたころ、誰かが、とうとうたまらなくなったらしく、叫んだ。
「頑張れ!」
すると、つづけ様に二三ヵ所から同じような声がきこえた。
その声は、先生の興奮《こうふん》した耳にもたしかに這入ったらしかった。その証拠には、先生は、その声がすると、急に次郎を机から引きはなすことを断念《だんねん》し、その代りに、机もろ共、次郎をうしろから抱きかかえて、廊下に出し、戸をびしゃりと閉めてしまったのである。
次郎は、廊下に出されてからも、暫くは机の上に顔を伏せていた。涙は出なかった。しかし、涙以上のせつないものが彼の胸の底からわいて来るのを感じた。
彼はその感じで突きあげられたように、むっくり顔をあげた。そして長い廊下の端から端に視線を走らせた。どこにも人影が見えなかった、ただ、自分と自分の机だけがひっそり閑と立っているのが、彼には異様な世界のように思われた。
すぐ隣の教室からは、英語の斉唱の声がきこえ出した。しかし彼自身の教室は、気味わるいほど静まりかえっている。彼は、ぴったり閉まっている戸口にじっと眼をすえた。そして、自分はこれからどうすればいい
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