作為されたものであった。しかし二人がつかんでいた第一義的なものは、その愛の表現を決してぎごちないものにはしなかったのである。
 兄の恭一が次郎を支えていた力も、決して小さいものではなかった。恭一の胸には、青年期の初期にありがちな鋭い正義感が燃えていたが、それが彼の次郎に対する愛の表現を特異なものにした。青年や、青年期に近づいた少年の動揺する心を最も有效に支えうるのは、多くの場合、同年輩か、あるいは、あまり年齢のへだたりのない年長者の、こうした種類の愛である。次郎がその頃、乳母の愛とともに、彼にとって至上のものであった父の愛すら拒もうとしながら、兄との親しみを日ごとに深めていった秘密は、そこにあったのである。
 幼年期から少年期の初期にかけては、たいていの人間は、よき親を恵まれることによって、自分の生命の健全さを保つことが出来るものである。だが、そろそろと青年期に近づくにしたがって、よき師と、よき兄弟と、よき友とは、時として、よき親以上に大切になって来るものだ。それは決して次郎の場合だけには限られないであろう。
 次郎の危機は、おおかた一年近くもつづいた。しかし彼は、こうして、彼自身の内
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