もうとする、色の濃い、血液的な表現とは、かなりちがったものがあった。次郎にとっては、それは愛というよりは、何かもっと質のちがった、高貴なもののようにさえ感じられていたのである。かような種類の、身近にいてしかも高く遠いところから与えるといったような、迫らない、思慮ある愛こそ、次郎のように「考える」ことをはじめた少年にとっては、何よりも大切な愛だったのである。
 大巻運平老の仙骨と、その息徹太郎の明敏で快活な性格も、また権田原先生に劣らず重要な役割を果していた。この二人は、共に、何か第一義的なものを心の底につかんでおり、しかも、二人の間柄は、親子というよりはむしろ友達といった方が適当なほど、愉快なものであった。気のまわることでは本能的でさえあった次郎が、継母の父であり弟であるこの二人に、何のこだわりもなく近づき得たのも、そうした二人の間柄が、おのずと彼にまで延長されていたからであろう。次郎は、二人に近づくことによって、愉快な空気を呼吸し、いつとはなしに、彼自身の生命を健康に保つ力を汲みとっていたのである。もっとも、二人の彼に対する愛は義理ある関係から生じたものであり、従って、最初はいくぶん
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