大巻の祖父の高声につりこまれて、青木さんの声が一層高くなり、いつもしずかな正木の祖父の声までがいくらか高くなった。それで注意してきいていると、あらましの話の筋がわかった。
 青木さんは、父に村に帰って来て村長をやってもらいたいと言っていた。それに対して、正本の祖父は、今では村の人も父を歓迎はしているが、いったん家まで売って立退いた村だから、将来何かと都合の悪いこともあるだろう、と心配しており、大巻の祖父と徹太郎叔父とは、村長なんかうるさい、それに村長の収入だけでは子供たちがかわいそうだ、とあからさまに反対して、その代りに養鶏をやれ、とすすめていた。
 大巻の祖父の言うことをきいていると、母は漬物が上手なばかりでなく、養鶏の経験もあるらしい。僕たちの母になる前には、独身でとおすつもりで、ぼつぼつそれをやりはじめて、五六十羽は飼っていたそうだ。僕はそれをきいて、母には案外偉いところがあるような気がした。そして、話が養鶏の方にきまるのを心ひそかに望んでいたが、とうとうどちらともきまらないままにみんな帰っていってしまった。
 あとで、祖母と父との間に、こんな問答があった。
「どうおきめだえ。」
「二三日考えることにしました。」
「村長さんになるのはいいけれど、今さら村に帰るのはどういうものかね。」
「それで、私も養鶏の方にしようかと思ってるんです。」
「でも、それには資金がいるんじゃないのかい。」
「養鶏ときまれば、青木だって、正木だって、資本の相談には乗ってくれるでしょう。」
「大巻さんはどうだえ。」
「大巻の方では、土地を使ってくれと言うんです。お芳がもと養鶏をやっていたところを拡げても、相当使えるらしいのです。」
「その土地というのは、どこにあるんだえ。」
「大巻の家とすぐ地つづきだそうです。」
「すると、住居の方はどうなるんだえ。」
「大巻の家が広すぎるから、当分いっしょでもいいし、それで都合が悪ければ、仕切ってもいい、と言うんです。」
「すると、住居まで大巻さんのお世話になるわけだね。」
「当分仕方がありませんね。」
「それでお前はいいのかえ。厚かましいとは思わないのかえ。」
「今さら痩《やせ》我慢を出してみたところで仕方のないことですから、思いきって好意に甘えてみるのもよくはないかと考えているところです。しかし、お母さんがおいやなら、むろん止します。」
 祖母は
前へ 次へ
全122ページ中109ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング