んとこさ。お祖母さんに言いつかって行ったんだよ。」
僕は一昨日のことが何もかもわかったような気がして、祖母のことを話すのがいやになった。僕は、だから、
「お祖母さんはかわいそうな人だよ。」
とだけ言って、じっとうきを見つめていた。俊三も、すると、それっきり何とも言わなかった。
祖母は、父には秘密で、母を利用して大巻に何か無心を言わせている。母は、言われるままにそれに従っているのだ。きっと、大巻には、それが祖母の意志であることも、言うのを禁じられているだろう。母はそれにも従っているのかも知れない。――僕は、そんなことを考えてうきを見つめていたが、今度は、そんなことを考える自分がいやになって来た。そして、うきももう動かなくなったので、すぐ帰り支度をした。
帰りがけに、ふと、いつも朝倉先生が、「自分をごまかすのが一番いけないことだ」と言われていたことを思い出した。さっき、祖母をかわいそうだと言ったのが、胸にひっかかっていたからだろう。僕は、それを言い直すつもりで、歩き出すとすぐ俊三に言った。
「しかし、お祖母さんよりも、母さんの方がもっとかわいそうだね。」
俊三は「うん」と強くうなずいた。俊三がうなずくと、僕は、なぜか、やっぱり祖母もかわいそうだという気がしみじみした。祖母はほんとうに一人ぼっちなのである。
家に帰ってみると、正木の祖父と青木さんが来ていて、座敷で父と何かひそひそ話をしていた。僕たちがお辞儀をしに行くと、祖父は默ってお辞儀をかえしただけだったが、青木さんは、僕に、
「竜一が、夏休みになってから、相手がなくて淋しがっているよ。ちと遊びにやって来たまえ。」
と言った。竜一君のことはこのごろあまり思い出しもしなくなっていたが、何だかすまない気がした。
座敷の話はいつまでもつづいて、夕飯時になり、酒が出た。店に残っていたわずかばかりの酒を、びんにつめて台所にしまってあったが、その一本があけられたのである。僕たちの釣って来た鮒も、すぐ酢味噌になって役に立った。何だか家の中が久方ぶりに明るくなったように感じられた。
酒が運ばれるにつれて、青木さんの声がしだいに大きくなったが、時々、「村長」と言っているような声がきこえた。
そのうちに、大巻の祖父が徹太郎叔父と二人づれでやって来た。多分打合わせてあったのだろう。二人が来ると座敷は一層にぎやかになった。
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