るとすぐ、お浜に手紙を書いた。やはり店のことを知らした方がいいと思ったからだ。お浜はびっくりするかも知れない。しかし、僕がいよいよ学校をやめなければならないようになってから知らせたら、なおびっくりするだろう。
 今日も父は在宅。朝から寝ころんで、やはり本を読んでいる。何の本かと思ってのぞいて見たら、養鶏の本だった。どうしてそんな本を読むのか、たずねてみたかったが、父が一日にこりともしないので、その機会がなかった。みんなが口をききあわないこと昨日に同じ。祖母は何度も父の枕元をとおって仏間に行き、鉦をならして念仏を唱えたりした。
 祖母が仏間に行く気持は決して純粋なものではない。しかし、それだけに、かえってあわれに思える。そうは思えるが、僕自身から進んで慰める気にはならない。強いて慰めてみても僕の言葉はきっと嘘になるだろう。
 愛から出た嘘ならいい。しかし嘘の愛は僕にはもうたえがたい苦痛だ。真実の愛よ、わが胸に甦《よみがえ》れ。
 家に居ると息苦しいので、午飯をすますとすぐ、俊三と二人で鮒《ふな》釣りに行くことにした。中学校に入ってから、一度も釣をやらないので、道具からそろえねばならなかったが、針だけ買って、あとは何とか間に合わせた。どこがいいのか、場所の見当もつかなかったが、俊三が、天神裏の池が涼しいと言うので、すぐそこに行った。
 餌をつけて針を沈め、うきを見つめているうちに、正木にいたころの記憶が楽しく甦《よみがえ》って来た。間もなくうきが動き出したが、それを見て胸がわくわくした気持も、以前と少しも変っていなかった。釣りあげた鮒はかなり大きかった。
 それから三十分ばかりの間に、僕は大小五尾ほど釣りあげたが、俊三には一尾もつれなかった。うきもほとんど動かなかったらしい。俊三はそれで何度も場所をかえたりしていたが。やはり駄目だったらしく、また戻って来て、釣竿を投げ出し、日蔭にねころんでしまった。
 寝ころんだまま、俊三は、何と思ったか、だしぬけに言った。
「お祖母さんのいけないこと、僕にはよくわかったよ。」
 僕は何と返事をしていいのかわからなくて、默っていた。すると、俊三は、
「一昨日、母さんがどこに行ったのか、知っている?」
 と、急に起きあがって、僕のそばによって来た。僕が、知らない、と答えると、俊三はいかにも大きな秘密でもうちあけるように、
「大巻のお祖父さ
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