た。それが私の間違いだった。自分では強いつもりで、実はそれが私の非常に弱いところだったんだ。」
俊亮がそんな調子でものを言うのは珍しかった。次郎は、いくぶんかわきかけた眼を見張って、俊亮を見つめた。
「しかし、今日からは父さんも考え直す。考え直してみたところで、貧乏が急にどうにもなるものではないが、これまでのように、お前たちの苦労を忘れているような顔はしないつもりだ。日除の必要のある草木には、やはり日除をしてやる方がいいんだからね。」
次郎は、何か痛いものを胸に感じて、思わず首をたれた。
彼は、しかし、それよりも、さっきからの俊亮の言葉に、ある不安を感じ、それを問いただしてみたくなっていた。不安というのは、父が他人のことよりも家族のことを大切に思ってくれるのはいいとして、それを実際の態度にどうあらわして行くだろうかということだった。次郎の頭には、さしあたって春月亭の問題がひっかかっていたのである。
(まさかとは思うが、父さんは悪いと知りつつ、あれをあのままにして置くつもりではなかろうか。もしそうだとすると、父さんは自分がこれまで尊敬して来た父さんではなくなってしまうのだ。)
そう思って、多少だしぬけだったが、彼は思いきってたずねた。
「父さん、春月亭の方はどうしたらいいんでしょう。」
「春月亭か。そりゃあ、私がいいようにするよ。」
「いいようにって?」
「そんなことは、もうお前が心配せんでもいい。お前は、なるだけ早く日除のいらない人間になる工夫をすることだよ。」
俊亮は笑って答えた。次郎は、しかし、やはり不安だった。
「僕、あやまりに行って来ようかと思ってます。」
「お前が? 春月亭に? 春月亭は料埋屋だよ。」
「料理屋にだって、あやまりに行くんならいいでしょう。僕、向こうから来ないうちがいいと思うんです。」
「うむ……」
と、俊亮は、穴のあくほど次郎の顔を見つめていたが、
「次郎、お前はほんとうに心からそう思っているのか。」
次郎は、そう念を押されて、ちょっとたじろいだふうだったが、少し眼を伏せて、
「僕、あやまらなきゃならないと思っているんです。春月亭も悪いんですが、僕のやったことも悪いんです。あんなこと卑怯です。卑怯なことをして知らん顔をするのは、なお卑怯です。」
「うむ、その通りだ。お前もそこまで考えるようになれば、もう日除もいらんよ。じゃあ行
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