い思いをしちゃあ、ばかばかしい話ですよ。」
「ごもっとも。」
「そりゃあ、母でもないものを母と呼ばせようとするのが、そもそもの無理じゃで、そんな無理をしないですめば、それにこしたことはない。じゃが、必要があって無理をするからには、思いきりよくやる方がよいと思いますのじゃ。無理というやつは、外科手術のようなもので、用心しすぎると、かえってしくじりますのでな。」
「ごもっとも。」
俊亮は、ただ「ごもっとも」をくりかえしている。そのうちに、運平老は、次郎の葉書のことなど忘れてしまったかのように、家じゅうにひびきわたるような声で、ひとくさり「なさぬ仲論」を弁じ立てた。
それによると、なさぬ仲はあくまでもなさぬ仲で、自然の親子ではない。自然の親子でないものに、自然の親子と同じような気持になれと求めるのは、そもそも間違いである。そんな間違った要求をするから、何でもないことまでが、ややこしくなって、かえって二人の仲が他人より浅ましいものになる。それは、ごまかそうとしてもごまかせないものを、強いてごまかそうとして、人間が不純になるからである。何よりもいけないのは、この不純だ。人間が不純でさえなけれ
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