を落したあと、逃げるように墓地の入口に向かって走り出した。
*
夕飯には、お芳も台所に来て、みんなといっしょにちゃぶ台についた。ご馳走は大したこともなかったが、赤飯が炊《た》いてあり、酢《す》のものがついていた。次郎はお芳とならんで坐らされたが、始終むっつりしていた。
お芳の方は、はた目には物足りないほど平気な顔をしていた。強いて次郎にちやほやするのでもなく、さればといって、次郎のむっつりしているのを不快に思うようなふうもなかった。彼女は、ただ、自分の食べるものだけを食べてさえいればいい、といったふうに、はた目には見えた。
お祖母さんとお延とが、おりおり、気をきかして、
「次郎のお母さん、これいかが。」
と、丼のものなどを二人の前に押しやったりした。お芳は、それでも、
「はい、ありがとう。」
と言ったきり、次郎の皿にそれをわけてやろうとする気《け》ぶりも見せなかった。
次郎には、丼のものはどうでもよかった。彼は、しかし、「次郎のお母さん」という言葉をきくごとに、従兄弟たちの視線を顔いっぱいに感じて、気が重くなり、物を噛むのでさえおっくうになった。
夕食後、「
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