これも間もなく障子の向こうに消えた。
 次郎は、それまで、一心に女を見つめていた。そして障子がしまると、急に自分にかえって、あたりを見まわした。あたりには誰もいなかった。
 彼は、これからどうしようかと考えた。
 むろん、もう従兄弟たちを探す気にはなれなかった。二階に一人でいる気もしなかった。彼は、何度も門口を出たりはいったりしたあと、いつの間にか、母屋と土蔵との間の路地をぬけて庭の方にまわり、座敷の縁障子のそとに立った。しかし障子が二重になっていて、内からの話声はほとんどきこえなかった。ただ、みんなの笑声にまじって、さっきの老人の声が一きわ高くひびいてくるだけだった。
 彼は、障子の内に、父とさっきの女の人との坐っている位置をさまざまに想像しながら、寒い風にふかれて、しばらく植込をうろつきまわっていたが、ふと、従兄弟たちが自分のいないのに気づいて、探しに来てもいけない、と思った。で、何食わぬ顔をして、急いで蝋小屋の方に帰って行った。
 蝋小屋には、しかし、もう従兄弟たちはいなかった。仕事も早じまいだったらしく、炉の中には、灰になりかかった燠《おき》が、ひっそりとしずまりかえっていた。
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