った。お鶴も、その瞬間、まともに彼の方を見た。
 二人は、視線がぶつかると、あわてたように下を向いた。
 次郎は、すぐ教室の方に、帰りかけたが、途中でもう一度立ちどまって、柵の隙間を縫って行く赤い日傘を見おくった。
 次郎の心は、もう五六歳頃の昔に飛んでいた。お鶴の頬ぺたのお玉杓子をつねった時のことが、つい昨日のことのようにはっきり思い出された。――お鶴の様子はすっかり変っている。今ではもう自分の姉さんとしか思えないほどだ。だが、お玉杓子だけは、相変らず、昔のままにくっつけている。お鶴にとっては、むろんいやなことにちがいない。しかし、思い出というものは、何と甘い、そして美しいものだろう。――
 次郎は、つい、うっとりとなって立っていた。と、だしぬけに、うしろの方から、いやに落ちついた声がきこえた。
「おい……本田。」
 次郎は、ぎくっとしてふり向いた。すると、ちょうど銃器庫の角のところに、一人の上級生が、巻煙草を吸いながら、にやにや笑って立っていた。
 それは「三つボタン」だった。――尤も、この時は、彼の制服のボタンは四つにふえていたが。――
「貴様、そこで何をしていたんだ。」
 三つ
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