、自然が彼に教えた哀愁からの逃路だったのである。そして、もし「自然の叡智《えいち》」というものが疑えないものだとするならば、次郎の心がそろそろと詩にひかれていったということは、必ずしも不似合なことではなかったであろう。というのは、何人も自己の真実を表現してみたいという欲望をいくぶんかは持っているし、そして、哀愁の偽りのない表現には、詩こそ最もふさわしいものだからである。
だが、彼の詩について、これ以上のことを語るのは、今はその時期ではない。何しろ、彼はまだ、歌一首作るにも、指を折って字数を数えてみなければならない程度の幼い詩人だったし、それに、恭一の詩に対してある妬ましさを感じていたとしても、彼の身辺には、詩以上に切実な問題がまだたくさん残されていたからである。
第一、入学の当初から、五年生の間に「生意気な新入生」として有名になっていた彼は、彼らに鉄拳制裁の口実を与えまいとして、校内では無論のこと、ちょっと散歩に出るのにも、始終頭をつかい、気を張っていなければならなかった。「狐」や「三つボタン」のような上級生に対して、卑屈《ひくつ》にもならず、言いがかりもつけられないようにするには
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