次郎はあわてて涙をふいた。そして俊三といっしょに茶の間の方に行きかけると、恭一が、足音を忍ばせるようにして、二階からおりて来た。彼は、俊三の方に気をくばりながら、
「次郎ちゃん、ちょっと。」
 と呼びとめた。
 次郎が近づいて行くと、恭一は、梯子段《はしごだん》をおりたところで、自分のからだをぴったりと次郎のからだにこすりつけて、ふところにしていた右手を、すばやく次郎の左袖に突っこんだ。
 次郎は、脇《わき》の下を小さな円いものでつっつかれたようなくすぐったさを覚えた。彼はそれが万年筆であるということを、すぐ覚った。そして嬉しいとも、きまりがわるいとも、怖いともつかぬ、妙な感じに襲《おそ》われた。
「何してるの。」
 と俊三がよって来た。
「くすぐってやったんだい。だけど、次郎ちゃんは笑わないよ。」
 恭一はやっとそうごま化した。そして、顔をあからめなから、変な笑い方をしていた。これは、しかし、恭一にしては精一ぱいの芸当だった。
 俊三は笑わない次郎の顔を、心配そうにのぞいて、
「怒ってんの、次郎ちゃん。」
 次郎はますますうろたえた。が、こうした場合の彼のすばしこさは、まだ決して失わ
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