元に口をよせて何か囁いているところだった。次郎の眼は、われ知らず、それに吸いつけられた。
「どうだい、俊三。」
もう一度俊亮が促《うなが》した。俊三はやはり返事をしない。そして相変らずお芳に何か囁いている。
お芳は困ったような顔をして、何度も首を横にふっていた。
「俊ちゃん、早くしないと、恭ちゃんと二人で行っちまうよっ。」
次郎がだしぬけに叫んだ。それはいかにも怒っているような声だった。
「いいんだようっ。母さんが行かないって言うから、僕も行かないようっ。」
俊三は、鬼ごっこでもするような、ふざけた調子で答えて、ふりむきもしなかった。
次郎はこみあげて来る無念さをごま化そうとして、変な作り笑いをしたが、さっきから自分を見つめていたらしい俊亮の眼にぶっつかると、急に立ちあがって二階にかけ上った。
二階からおりて来た彼は、もう帽子をかぶっており、手には恭一の帽子まで握っていた。
「叔父さん、行きましょう。」
彼は恭一の前に帽子をつき出しながら、徹太郎をせきたてた。
「まだお茶もあげないのに、何だね、次郎。」
お祖母さんがそう言って叱ったが、彼はもうそれには頓着せず、さっさと
前へ
次へ
全305ページ中149ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング