を相手にしたって、つまらんじゃないか。」
「すると、あいつらにぺこぺこする方がいいんですか。」
 次郎は、もう、食ってかかるような勢いだった。
「だから、ぺこぺこしないでもすむようにしてやろうかって、言ってるんだ。」
 次郎はそっぽを向いて、返事をしなかった。大沢は、恭一と顔見合わせて、微笑しながら、
「負けたよ。今日は次郎君にすっかり軽蔑されちゃった。わっはっはっは。……今日は、ここいらで失敬しよう。」
 大沢が立ちかけると、次郎がだしぬけに恭一に言った。
「僕たち、自分のことっきり考えないのは、いけないことなんだろう。」
「あたりまえじゃないか。」
 恭一は次郎と大沢の顔を見くらべながら、答えた。大沢は立ったまま、それをきいていたが、にっこり笑って、また腰をおちつけた。
「僕だって、なぐられるの、いやだよ。だから、自分のことっきり考えないでいいんなら、五年生のまえで、もっとおとなしくしていたんだよ。」
「じゃあ、どうしておとなしくしていなかったんだい。」
 大沢がはたから口を出した。
「だって、五年生は無茶ばかり言うんです。あんなこと言われて、僕、へこんでいたくないんです。」
「癪にさわったんか。それじゃあ、やっぱり自分のためじゃないか。」
 次郎はちょっとまごついた。しかし、すぐ、一層|力《りき》んだ調子で言った。
「ちがいます。新入生みんなのためです。」
「うむ、新入生のために戦うつもりだったんだね。」
 次郎は、そう言われて、まだ何か言い足りない様な気がした。そしてちょっと考えてから、
「新入生のためばかりではありません。五年生は、ちっとも校長先生の教えを守ってないです。あんな五年生は、僕、学校のためにならないと思うんです。」
「ようし、わかった。」
 と、大沢は、次郎の肩に手をかけて、
「しっかりやってくれ。君は僕たちの仲間だ。しかし、ほんとうの仲間は少いぜ。だから、みんなが一本立ちのつもりでやるより、ないんだ。いいかい。」
 次郎は、あっけにとられたような顔をして、大沢を見つめた。
 大沢は、しかし、そう言ってしまうと、
「じゃあ、失敬。」
 と、二人にあいさつして、さっさと部屋を出て行った。恭一はすぐあとについて、階段をおりた。そして次郎が自分にかえって、急いで下におりた時には、大沢は、もう、門口を出ているところだった。
 大沢を見おくってから、二人はまたすぐ二階に行ったが、次郎は机に頬杖をついて、何かじっと考えこんだ。その様子を見ていた恭一は、しばらくして言った。
「次郎ちゃん、大沢君って、偉い人だと思わない?」
「思うよ。だけど年とっているなあ。」
「中学校にはいる前に、三年も工場で仂いていたんだよ。」
「ふうむ、そうか。」
「だから、よけい偉いんだよ。」
 次郎の頭には、一年おくれて中学校にはいった自分のことが、自然に浮かんで来た。が、彼の考えは、すぐまたもとにもどっていった。
(自分は、大沢に、心にもない偉がりを言ったつもりは少しもなかった。しかし、自分の言ったことに、ほんとうに自信があったかというと、そうでもなかったようだ。)
 彼は何だかそんな気がして、不安だった。しかし、一方では、大沢に励ましてもらったことがうれしくてならなかった。そして、
(これからやりさえすればいいんだ。それで偉がりを言ったことには決してならないんだ。)
 と、自分で自分を励まし、どうなり気持を落ちつけることが出来た。
 二人は、それからも、しばらくは大沢の噂をした。次郎には、「親爺」という綽名が、いかにも大沢にぴったりしているように思えた。そして、そんな友達をもっている恭一を一層尊敬したくなった。同時に、彼の昨日からの気持が次第に明るくなり、これからの闘いが非常に愉快な、力強いもののように思えて来たのである。

    一六 葉書

 花が散り、梅雨《つゆ》が過ぎ、そろそろ蝉が鳴き出す季節になったが、その間、次郎の身辺には、心配されたほどの事件も起らなかった。
 彼は毎日むっつりして学校に通った。
 学課には彼はかなり熱心だった。また、教科書以外の本も毎日いくらかずつ読んだ。たいていは少年向きの雑誌や伝記類だったが、恭一の本箱から、美しく装幀された詩集や歌集などを、ちょいちょい引きだして読むこともあった。むろんそのいずれもが、彼にはまだ非常にむずかしかった。しかし、恭一におりおり解釈《かいしゃく》してもらったりしているうちに、詩や歌のこころというものが、いつとはなしに彼の感情にしみ入って来た。そして、時には、寝床にはいってから、自分で歌を考え、そっと起きあがって、それを手帳に書きつけたりすることもあった。
 恭一は、もうその頃には、詩や歌をかなり多く作っており、年二回発行される校友会誌には、きまって何かを発表していた。次郎に
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