ぐ店に走って行った。
「店の品じゃ可笑《おか》しくはないかい。それに重たいだろうにね。」
お祖母さんは、店の壜詰棚が、このごろ淋しくなっているのをよく知っていたのである。
「なあに――」
と、俊亮は一旦火鉢のはたに坐って、ひろげたままになっていた手紙を巻きおさめながら、
「何か、次郎にやるものはありませんかね。」
「次郎に? ありませんよ。」
「食べものでもいいんです。……もしあったら、お祖母さんからやっていただくといいんですが……」
お祖母さんは、じろりと上眼で俊亮を見た。それから、つとめて何でもないような調子で言った。
「飴だと少しは残っていたかも知れないがね。でも、珍しくもないだろうよ。毎日次郎にもやっていたんだから。」
俊亮は、もう何も言わなかった。そして、巻煙草に火をつけて、吸うともなく吸いはじめた。すると、その時まで默っていた恭一が、お祖母さんの方を見ながら、用心ぶかそうに、
「僕、次郎ちゃんに、こないだの万年筆やろうかな。」
「歳暮《くれ》に買ってあげたのをかい。」
と、お祖母さんは、とんでもないという顔をした。
「ええ。」
「お前、どうしてもいると言ったから、買ってあげたばかりじゃないかね。」
「僕、赤インキをいれるつもりだったんだけれど、黒いのだけあればいいや。」
「また、すぐ買いたくなるんじゃないのかい。」
「ううん、色鉛筆で間にあわせるよ。」
「でも、次郎は万年筆なんかまだいらないだろう。」
「いらんかなあ。でも、次郎ちゃん、ほしそうだったけど。」
「あれは、何でも見さえすりゃ、ほしがるんだよ。ほしがったからって、いちいちやっていたら、きりがないじゃないかね。」
お祖母さんは、恭一に言っているよりは、むしろ俊亮に言っているようなふうだった。
恭一は默って俊亮の顔を見た。俊亮は、巻煙草の吸いがらを火鉢に突っこみながら、
「お前は、次郎にやってもいいんだね。」
「ええ……」
と、恭一は、ちょっとお祖母さんの顔をうかがって、あいまいに答えた。
「じゃあ、やったらいい。お前のは、また父さんが買ってあげるよ。」
お祖母さんは、ひきつけるように頬をふるわせた。そして、急にいずまいを正しながら、
「俊亮や、お前は、あたしが次郎にやりたくないから、こんなことを言うとでもお思いなのかい。あたしはね、どの子にだって、いらないものを持たせるのは、よ
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