げんそうに振り返って次郎の方を見た。次郎はしまったと思ったが、すぐそ知らぬ顔をして、眼をそらした。
「貴方、卵焼を残していらしったんでしょう。」
「うむ、残していたようだ。」
「それ、どうかなすったの。」
「どうもせんよ。」
「次郎におやりになったんではないでしょうね。」
「いいや……」
「どうも変ですわ。」
「卵焼ぐらい、どうだっていいじゃないか。」
 俊亮はちょっと首をかしげて次郎の顔を覗きながら言った。
「よかあありませんわ。」
 お民は冷やかにそう言って、また庭に下りた。
 そして、つかつかと次郎の前まで歩いて来ると、いきなりその両肩をつかんで、縁台に引きすえた。
「お前は、お前は、……こないだもあれほど言って聞かしておいたのに。……」
 お民は息を途切らしながら言った。
 次郎は、母に詰問されたら、父もそばにいることだし、素直《すなお》に白状してしまおうと思っていたところだった。しかし、こう始めから決めてかかられると、妙に反抗したくなった。彼は眼を据《す》えてまともに母を見返した。
「まあ、この子は。……貴方、この押しづよい顔をご覧なさい。これでも貴方は放っといていいとおっし
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