つかまれていたのである。
「お前は、お前は……」
 お民の声は、怒りとも悲しみともつかぬ感情で、ふるえていた。
 それから次郎は、ちゃぶ台の前に引き据えられて、ながいことお民と対坐しなければならなかった。
「ここはお前の生まれた家なんだよ。」
 説教は、彼が昨夜来何度も聞かされた言葉で始まった。
「ここの家はね、こんな田舎に住んでいても、れっきとした士族なんだよ。」
 これも次郎が聞きあきるほど聞いた文句であった。もっとも士族が何だかは、今だにはっきりしない。
「士族の子ともあろうものが、何という情ない真似をするんだよ。……強情で食べないつもりなら、いっそ二日でも三日でも食べないでいたらいいじゃないの。ご飯時には寄りつかないで、竹藪の中に寝たりしているくせに、こっそり忍んで来て手づかみで食べるなんて、思っただけでも、このお母さんはぞっとするよ。」
 次郎は、まだ指先にくっついている飯粒を、どう始末していいかわからないで、もじもじと手を動かした。
「それ、その手をご覧、それを見たら、ちっとは自分でも恥ずかしい気がするだろう。」
 次郎は何と思ったか、ぴたりと手を動かすのをやめてしまった。
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