じっと噛み殺した。そして、とうとう夜があけるまで、蚊にさされなから、蚊帳の外を芋虫のようにころげまわっていた。
六 飯びつ
「ご飯だよ。」
翌朝次郎が、ぽつねんと人気《ひとけ》のない座敷の縁に腰をかけて、庭石を見つめていた時に、台所の方から母の声がきこえた。しかし、彼は動かなかった。それは、その声が彼を呼んでいるようには聞えなかったし、かりに彼を呼んでいるとしても、そんな遠方からの呼び声に応じて出て行くのが変に思えたからである。
やがて、家じゅうの者が茶の間に集まったらしく、話し声が賑やかになり、茶碗《ちゃわん》のふれる音や、鍋をかする音などが聞えて来た。
次郎は、誰かが気づいて自分を呼びに来るのを、心待ちに待っていた。しかし、呼びに来ても、飛びついて行くようなふうは見せたくない、と思っていた。
ところが、十分経っても、二十分経っても、誰も彼を呼びには来なかった。そして、そのうちに、恭一と俊三とは、すでに飯をすましたらしく、口端を手でこすりながら彼の方に走って来た。
「ご飯どうして食べない。」
恭一は次郎のそばまで来るとたずねた。次郎は庭の方を見たきり、振り向こう
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