うは呼べなかったからであった。謙蔵に何か言わなければならない用を、老夫婦やお延に言いつかると、彼はいつもそれを、巧みに誠吉や他の従兄弟たちに譲った。そして、彼らが――誠吉もまた――謙蔵を「父さん」と呼んで、こだわりなく用をすましているのを陰で聞きながら、自分一人が、彼らにまで、のけ者にされているような感じになるのだった。
かように、正木の家の明るい空気の中で、謙蔵の胸には次郎が、次郎の胸には謙蔵が、いつも黒いかたまりになって、こびりついていた。だが、それはあくまで二人きりの問題であった。老夫婦も、お延も、しばらくは、まるでそんなことには気がついていないらしかった。誠吉ですらも、自分以上に次郎が謙蔵を窮屈がっているとは、ちっとも考えていなかった。
こうして正木の家も、次郎にとって、完全に幸福な家ではなくなってしまったのである。
三三 看病
そのうちに、一年半の歳月が流れて、次郎もいよいよ六年生になった。
学校では、上級学校入学志望の子供たちに対して、学年始から、特別の課業が始められた。次郎も、その教室に出入りする一人だった。彼は、雲雀《ひばり》の囀《さえず》る麦畑の間
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