をお浜の着物になすりつけてしまったのである。

    四 提灯

 耳たぶ一件以来、次郎の警戒心《けいかいしん》は急に強くなった。たといお浜と一緒であっても、もし彼女が校門を出て南の方角に行きそうになると、彼はすぐ握られた手を振り放した。また彼は、それっきり、どんなに誘いをかけられても、よその人におんぶされたり、その肩車に乗ったりはしなくなった。
「もうそんなことをするのが恥ずかしいんですよ。やっぱり年が教えるんですね。」
 お浜は、よくそんなことを得意らしく言っては、次郎の警戒心の言訳をしなければならなかった。
 お民の方からは、それ以来、三日にあげず、いろいろの人が次郎を迎えに来た。中には、お浜が飯米欲しさに次郎を手放したがらないのだ、といったような口吻《くちぶり》をもらして、彼女を怒らすものもあった。
 お浜にして見ると、次郎を手放すのはつらいには、つらかった。しかし、次郎がさきざき実家でどんな立場に立つだろうかと考えると、内心不安を感じずには居られなかったので、お民からの使いに対しても、ひどく反感を持つようなことはなかった。むしろ、最近では、なぜもっと早く次郎をかえしてしまわ
前へ 次へ
全332ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング