角に、大して親しみもない直吉によって、運び去られようとするのである。これは次郎にとっては、全く思いがけない出来事であった。
 直吉の肩の上で、彼の小さな胸はどきどきし出した。
「いやあよ、いやあよ、あっちだい。」
 彼は、彼の両手で、直吉の顔をうしろの方にねじ向けようとした。しかし、直吉の顔は、頑《がん》として南の方を向いたきりで、どうにもならなかった。どうにもならないどころか、直吉の足は、かえってそのために、一層速くなる傾向《けいこう》さえあった。
 次郎はしくしく泣き出した。泣き出しても、直吉は一向平気らしかった。彼はずんずん南の方にあるくだけで、口一つ利《き》こうとしない。次郎は泣きながらうしろを振りかえった。学校の建物が夕暮の光の中に、一歩一歩と遠ざかっていくのが、たまらなく淋しい。
 こうなると、次郎はあきらめてしまうか、戦うか、二つに一つを選ばなければならなかった。彼は決然として後者を選んだ。――元来《がんらい》、次郎の勇気は学校との距離に反比例し、実家との距離に正比例することになっていたので、戦うならなるべく早い方が歩《ぶ》がよかったのである。
 なお、彼が肩車に乗ってい
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