このを運ぶんだい。」
 次郎は、そう言いながら、あらためて部屋を見まわした。
「そう? でも、もう何もありませんのよ、ほら。」
 お浜は相変らず頬杖をついたまま、ほんの僅かだけ首を動かして、あたりを見た。
「早いなあ、乳母やは。」
「早いでしょう。」
「今日運んだんかい。」
「いいえ、もう昨日から。」
「昨日からなら、早いの当りまえだい。」
「そうね。」
「今度の学校、いいなあ。」
「ええ。いいわね。」
「乳母やの部屋はどこだい。僕探したんだけれど、わかんなかったよ。」
「そう? 探して下すって? でも、乳母やのいる部屋は、もうありませんのよ。」
「ない? 嘘言ってらあ。」
「本当よ。……あのねえ、次郎ちゃん、あたしたちは、もう学校の校番ではありませんの。」
「嘘だい。」
「嘘じゃありませんの。」
「だって、校番がいなくてもいいのかい。」
「これからは、小使さんだけになるんですって。」
「小使さんだけ? じゃ乳母やがそれをやるんかい。」
「いいえ、小使さんは女ではいけないんですって。」
「可笑しいなあ。じゃ爺さんがなったらいい。」
「爺さんも老人だから、やっぱりいけないんですって。」

前へ 次へ
全332ページ中157ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング