来た。
 お民は、次郎のそうした変化を、内心喜んだ。彼女は、自分の教育の力が、やっとこのごろ次郎にも及んで来たのだと思ったのである。そこで、彼女は、この機を逸してはならないと考えて、何かと次郎に接近しようと努めた。これは次郎にとってはまことにうるさいことであった。しかし、この頃では、以前ほど叱言《こごと》も言わないし、時としては、思いがけない賞め言葉を頂戴したりするので、次郎の母に対する感じも、いくらかずつ変って来た。
 ただ祖母に対してだけは、次郎は微塵《みじん》も好感が持てなかった。彼女は、お民とちがって、よく食物で次郎をいじめた。お民は、その点では、三人に対してつとめて公平を保とうとした。少なくとも、三人をならべておいて、あからさまに差別待遇をするようなことは決してなかった。ところが祖母は、そんなことは一向平気で、お民の留守のおりなどには、食卓の上で、わざとのように差別待遇をした。
「次郎、お前、どうしてお副菜《かず》を食べないのかい。」
「食べたくないよ。」
 次郎は決して、自分の皿の肴が、兄弟の誰のよりも小さいからだ、とは言わない。
「可笑《おか》しいね。ご飯はそんなに食べて
前へ 次へ
全332ページ中149ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング