見つけてそれに似たようなことを実行してみたいと、かねて心に期していたのである。
 こうした抱負をもった彼女にとって、お浜一家が学校の中に寝起きしているということが、大きな魅力にならないわけはなかった。この魅力の前には、校番の部屋が狭くて不潔であろうと、お浜本人が、以前|三味線《しゃみせん》の門付《かどづ》けをしていた女であろうと、また、彼女の亭主の勘作がどこかの炭坑稼ぎにあぶれて、この村に流れこんで来た者であろうと、そんなことはまるで問題ではなかったのである。
 そこで、三人の日向《ひなた》ぼっこの話にもどる。
 次郎は蓆の中央に殿様のように座を占めて、お兼とお鶴とが、左右からつぎつぎにブリキの皿に盛って差出す草の実や、砂|饅頭《まんじゅう》に箸をつける真似をしていた。しかし、もう同じような遊びを小半時も続けていたので、少し厭《あ》きが来たところだった。厭きが来ると、次郎はいつもお兼だけをのけ者にしてお鶴と二人きりで遊びたい気持になるのであった。お兼は恭一と同い年、お鶴は次郎と同い年で、これが次郎をして自然お兼よりもお鶴の方に親しませる理由だったらしい。が、同時に、色の黒い、藪睨《やぶにら》みのお兼にくらべて、ふっくらした頬とくるくるした眼をもったお鶴の方が、より大きな魅力であったことも否《いな》みがたい事実であった。
 ところで、次郎にとって、ここに一つの悲しむべきことがあった。それはお鶴のふっくらした左頬に、形も大きさも、お玉杓子《たまじゃくし》そっくりなあざが一つくっついていたことである。次郎はいつもそれが気になって仕方がなかった。その日も、ままごとに厭くと、お兼にくるりと尻を向けてお鶴と差向いになったが、その時、早速眼についたのがそのお玉杓子であった。
 お鶴は、次郎のそんな仕草《しぐさ》にはちっとも気がつかないで、相変らず草の葉を刻《きざ》んでは、せっせとそれをブリキ罐の中にためこんでいたが、永いこと陽に照らされて、ピンク色に染まったその頬の上に、鮮かに浮き出したお玉杓子が、次郎の眼には、いかにも血がかよって動いているように見えたのである。
 次郎は変に心が落ちつかなくなった。そして、しばらくの間は、むずむずした気分で、それに見入っていた。そのうちに彼の右手の人差指がいつの間にかそろそろと伸びていって、こわいものにでも触《ふ》れるように、そっとお鶴の頬をか
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