罪を被る方がいいと思った。
「僕、こわしたんだい。」
 彼は、はっきりそう答えて、父の顔色をうかがった。
 すると、俊亮は、提灯の灯に照らされた次郎の顔を、穴のあくほど見つめながら、
「父さんに嘘は言わないだろうな。」
 次郎は何だか気味悪くなった。
「父さんは嘘をつく子は嫌いだ。……だが、まあいい、父さんはお前の言うことを信用しよう。しかし、飯も食わないで、こんな所にかくれているのは、よくないぞ。さあ父さんと一緒に、あちらに行くんだ。」
 次郎は、そう言われると急に涙がこみあげて来た。
「馬鹿! 今頃になって泣く奴があるか。」
 次郎は、しかし、泣きやまなかった。俊亮は永いこと默ってそれを見つめていた。

    一八 菓子折

 算盤事件は、とうとう誰にも本当のことが解らずじまいになった。
 俊亮とお民とは、それについて、まるで正反対の推測をして、次郎の子供らしくないのに心を痛めた。
 次郎と俊三とは、その後、口にこそ出さなかったが、顔を見合わせさえすれば、すぐ算盤のことを思い浮かべるのだった。次郎の立場は、むろんそのためにいつも有利になった。
 次郎は、いつかは思い切り戦ってみようと思っていた恭一と俊三とが、妙なはずみから、まるで敵手でなくなってしまったので、いささか拍子ぬけの気持だった。しかし彼は、決してそれを残念だとは思わなかった。それどころか、二人を相手に、いくらかでも仲よく遊べることは、彼の家庭における生活を、今までよりもずっと楽しいものにした。
 恭一は、雑誌や、お伽噺《とぎばなし》の本などをお祖母さんに買って貰って、それを読むのが好きであったが、自分の読みふるしたものを、ちょいちょい次郎に与えた。それが次郎を喜ばしたのはいうまでもない。
 彼ははじめのうちは、挿画《さしえ》だけにしか興味を持たなかったが、次第に中味にも親しむようになり、時には、恭一と二人で寝ころびながら、お互に自分の読んだものを話しあうようなことがあった。その間に彼は、恭一のこまかな気分にふれて、いろいろのいい影響をうけた。
 彼と俊三との間は、それほどにしんみりしたものにはなれなかったが、庭や畑に出ると、二人はいつも仲よく遊んだ。俊三が、このごろ次郎に対して、ほとんど我儘を言わなくなったことが、いつも次郎を満足させた。そして、彼が外を飛び歩くことも、そのためにいくぶん少なくなって
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