来た。
お民は、次郎のそうした変化を、内心喜んだ。彼女は、自分の教育の力が、やっとこのごろ次郎にも及んで来たのだと思ったのである。そこで、彼女は、この機を逸してはならないと考えて、何かと次郎に接近しようと努めた。これは次郎にとってはまことにうるさいことであった。しかし、この頃では、以前ほど叱言《こごと》も言わないし、時としては、思いがけない賞め言葉を頂戴したりするので、次郎の母に対する感じも、いくらかずつ変って来た。
ただ祖母に対してだけは、次郎は微塵《みじん》も好感が持てなかった。彼女は、お民とちがって、よく食物で次郎をいじめた。お民は、その点では、三人に対してつとめて公平を保とうとした。少なくとも、三人をならべておいて、あからさまに差別待遇をするようなことは決してなかった。ところが祖母は、そんなことは一向平気で、お民の留守のおりなどには、食卓の上で、わざとのように差別待遇をした。
「次郎、お前、どうしてお副菜《かず》を食べないのかい。」
「食べたくないよ。」
次郎は決して、自分の皿の肴が、兄弟の誰のよりも小さいからだ、とは言わない。
「可笑《おか》しいね。ご飯はそんなに食べてるくせに。」
そう言われると、次郎は、それっきりご飯のお代りもしなくなる。
「おや、ご飯も、もうよしたのかい。」
「今日は、あんまり食べたくないよ。」
「お腹でも悪いのかい。」
「…………」
次郎はちょっと返事に窮する。
「また、何かお気に障ったんだね。」
「そんなことないよ。」
しかし、そっぽを向いた彼の顔付が、あきらかに彼の言葉を裏切っている。同時に、ちゃぶ台のまわりの沢山の眼が、皮肉に彼の横顔をのぞきこむ。
こうなると、彼は決然として室を出て行くより、仕方がないのである。
「おや、おや。」
と、うしろでは嘲るような声。つづいて、
「まあ、どこまでねじけたというんだろうね。」
と、変な溜息まじりの声。
「放っときよ。ねじけるだけ、ねじけさしておくより仕方がないさ。」
と、いかにも毒々しい声がきこえる。
先ず、こういった調子である。
また、兄弟三人が、珍しく仲よく遊んでいるのに、お祖母さんは、わざわざ恭一と俊三の二人だけを離室に呼んで、いろんな食物を与えたりすることもある。
そんな時の次郎は、実際みじめだった。彼は、しかし、食べ物を欲しがっていると祖母に思われたく
前へ
次へ
全166ページ中75ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング