ゥら自分の著書、大唐西域求法高僧傳に於て告白するごとく、那爛陀寺では學ぶつもりであつたが、どうもいけない、だから、絶念したとある、その絶念した義淨が、唐に歸りて、則天武后の寵遇を受けてから、翻譯した經律の名目を見るに、もともと律の專門家であり、又其の翻譯が素願であるから、根本説一切有部律に關する翻譯が、多くあるのは、不思議でないが、觀自在菩薩如意心陀羅尼經や、曼珠室利菩薩呪藏一字呪王經や、佛説稱讃如來功徳神呪經や、佛説拔除罪障呪王經などは云ふまでもなく、佛説療痔病經や、佛説大孔雀王呪經や、尊勝陀羅尼經や、其の他、眞僞は疑はしいとして、星占暦數に關する經書も、義淨の翻譯したものになつて居る、是れ抑も如何なる故であつたか、理由は、極はめて明白である、即ち、當時の天子並に宮中の最も歸依した宗教は、密教であつたので、何がさて措き、則天武后のやうな不道徳な女主が、大唐の天下を支配することになつてからは、律や、戒などの書物を譯したとて自分の素志を遂ぐる丈で、こればかりでは、宮中の歸依を得るに足らない、不本意ながらも、何も弘法利世の爲めとあつて、流石の義淨も、密教の書物を譯したものと、吾輩は斷言する
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