ことになつた次第である、私が先年巴里に留學のとき、佛蘭西の國士の遺骸を斂めた「パンテオン」と云ふ塔の近傍に暫時寓して居つた、其の傍には、「ソルボンヌ」大學や「コレージユ、ド、フランス」など云ふ學校があるが、其の學校の上に當りて、巴里中の最も爽※[#「土へん+豈」、42−9]な部分に、「サント、ゼニネーブ」と云つて、巴里市の守本尊の名を冐した、圖書舘がある、其の正面と側面とには、世界の中で昔から學術の進歩に貢献した名士の綺羅星のごとく、刻まれてあるから、試に日本の學者の名が、出てないかと、仰ぎ見たが、一人も出ていない、段々と正面から側面の方に廻はつて見ると、忽ち、「イ、ヒン」(i−hsing)とあつた、「イ、ヒン」とは、一行[#「一行」に白丸傍点]の官話音である、「ラプラース」や、「ニユートン」などと、肩を並べて、一行禪師の名が、輝いて居る、私はこれを見て、天涯萬里の外に、一人の故舊と遇つた心地がした、同時に、人間と云ふものは、孰れの國に生れ、孰れの時代に生れても、刻苦して宗教學術に貢献して置きさへすれば、假令ひ、其の同時代の人々から、かれこれ云はれても、又、疎外せられても、冷遇せられて
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