し立つるかもしれぬが、嫁にゆかうとする本人、又は其の兩親が承知の上との事ならば已むを得ぬことゝして引きさがるまでのことである、又財産にも必ずしも目をつけぬ、あればこの上ないことではあるが、あつたからとて、金錢は他人と云ふことであるから、親戚の女子が嫁に行つたさきが、財産家だからとて、自分が金に困つたとき、無心にゆけるものでもなし、いつたからとて、貸てくれると定つた譯でなく、親族つきあひの上から見て、一族の中に財産家があれば、體面上却つて瘠我慢をして、ない袖でも振らねばならぬことがあり、却つて迷惑することがある、だから親族どもは、婚姻のときは、必ずしも婿となる人の財産に目をつけぬ、又其の智識如何にも注意せぬ、婿に智識があつては無學の親戚どもは却つてこまる、平生から使用する言葉も違ふ、理想のおきどころが違ふから、下手すると、卑陋な言葉を自分がつかつて、御里が暴露する恐がある、第一、てんで話があはぬ、殊に古代印度の樣に、吠陀の智識は、或る一階級に限られて他の階級には窺ひ知ることすら出來ない國土ではなほさらである、して見ると一族の女子に容貌がよくて、若い女のすきさうな婿が出來ても、財産があつて、年頃の女もつ母親のすきさうな婿が出來ても智識があつて其の父親が惚れるやうな婿が出來ても、其の女子の親戚にとつては何の利益はない、例外もあるであらうが、おしなべて云へば兩親が子を思ふことは自我を忘れて思ふものである、世の中にこれほど純潔の愛はない、しかし親戚同志と[#「親戚同志と」は底本では「親威同志と」]なると、さう純潔にはいかぬ、幾分かは、自家本位がまぢる、それは無理からぬことで、自分の方も獨立して扶養すべき妻子眷族を有して居る以上、これをすてゝまで、從兄弟、再從兄弟のことを世話する譯にはいかぬ、だから一女子の婚姻によりて、親戚の人々に及ぶ利害關係はといへば、たゞ其女子の婿となる人の門地の尊きか、卑きかと云ふことであつて、これと姻戚の關係が出來たとすれば、自分等の門地も、社會一般の目から見れば、幾分あがつたりさがつたりするやうにも見らるゝし、社會上の位置にも多少の影響があるから、もし其の名門が清貴であると同時に勢利の家であつたら、おしなべての親族どもは、これに依りて光輝を生ずる次第であるし、卑くて社會から爪彈せらるゝやうなことがあつたら、氣のよわい親戚どもは幾分肩身が狹くなつた心地がするから、一族中の女子が結婚をする際、其の親戚としては、餘事はともかく門地だけは將來の交際上、大に注意するは、當然のことゝ思はれる、
以上は婚姻の當事者と其の兩親親族とのことを述べたのであるが、赤の他人となると、中には、例外もあるであらうが、おしなべてまた、みづくさい話で、自分の知り合ひの家の年頃の女子は、どういふ婿を貰ふがどこへ嫁入しやうが、かれこれ云ふべき筋合でもなく、いづれにしても、めでたいことには違ひないから、相談を受けたり、問ひ合はされたときはさして自己に利害關係がないときは、これもよろし、あれもよろしで、なるべくのちのさゝはりのないやうにしておくが一番巧みな方法であるが、いよ/\となつて、日本ならば結納もとりかはし、結婚式もあげ、披露の饗宴にでも、自分が招かれて列席するとなると、茲にはじめて利害關係が生ずる、それは御料理のまづいか、うまいかの問題である、だから古代印度の詩人は「他人は食膳の旨からんことを希ふ」と謳ふた次第である、詩は極めて短く、日本の歌の卅一文字に一つ多い三十二綴音から成り立ち普通首廬迦と云ふ詩體で人生の大禮の一たる婚姻のときに立合ふ人々の心をわづかの文字で叙し去つたものであるから、やまと歌のやうに天地《あめつち》を動かし鬼神《おにがみ》を泣かすと云ふやうなはたらきはないが川柳《せんりゆう》のやうに寸鐵骨をさすやうな妙は、たしかにある、古い詩ではあるが人情には變異はない、其の機微を穿つたもので、大正の日本の今日でも適用の出來る詩であると自分は思ふ。

(三)[#「(三)」は縦中横]鬼か人非人かならばいざしらず人なみの人で年頃の女子を持つた兩親の心ほど、餘處目から見て氣の毒なことはない、家が富んで居れば居るだけ、不如意ならば不如意だけに心配は多いものである、相當の媒があつて縁談がはじまると女子の意見は第一に問はねばならぬ、自分等同志で相談もせねばならぬ、親族にも相談せねばならぬ、先方の婿の人物も素性も財産も取調べねばならぬから赤の他人であつても平素自分の家へ出入する人々にも問合はさねばならぬ、日本の今日ならば興信所へでも頼むことゝする、問はれた人々は他に理由あれば格別だが元來、めでたい話である以上、縁談が調うて、饗宴に招かれて、うまい酒や、おいしい料理でも出れば、それでよく、興信所ならば手數料も過分に貰へるから、なるべく成立するやうに話を
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