する、先方の話がついたとこで、兩親同志の間に意見の衝突することがある、一方は人物に重きを置き、一方は人物のことは意に介せないではないが、とかく財産に重きを置く、幸にして人物はしつかりして財産も相當あつて、兩親の間に意見が一致しても、娘さんの方では、きれいな容貌の方に重きをおいて居るから、所謂好男子、金と力はとかくないものであるから、茲に一葛藤が生ずる、これも治まつたところで今日の日本のやうに個人主義の色彩が大方の家庭には非常に濃厚になつて來たら、親族の方は苦情申し立てゝ結婚に反對をしても支障はないが古代印度乃至今日の日本の貴族又は上流階級に見るやうな家族主義が勢力を占めて居るやうな場合には、親族どもの意見も大に顧慮せねばならぬ、そこで親族の意見、父親の意見、母親の意見、娘の意見の四種の意見が、上流社會の家庭には結婚の場合に對立することになる、母親の意見が勝てば娘さんはいやでも、應でも、金持の家にゆく、時あつて嫁入りしたさきは、高利貸でも、際物師で家庭の教養もなく、品性の劣等なことも顧慮しないと云ふことになるから、嫁した本人は、自暴自棄で金錢を湯水のやうにつかひ、自分の勝手なことをする、父親の意見が勝つと、娘さんは大學出の秀才で、法學士か、工學士か、醫學士か、商學士か、さもなくば參謀の方に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]はつた軍人か、なるべく鐵砲玉の中る虞の鮮くて、早く出世する軍人かであつて、氣品もあり教養もあり、働きもあるところへゆくが、ともすると、持參金か又は類似の贈與物がいることがある、親族の意見が勝つと今度は時あつて財産家の娘さんは無論持參金つきで、祖先の遺産を[#「遺産を」は底本では「遺薩を」]蕩盡した名家の公達へ嫁に往くことになり、農夫、商人の女は一躍して、夫の餘光で貴族の班に列することになるはめでたいことではあるが、さて往つて見ると如何に兩親の膝下で豫備教育をして居つても所謂畠水練で、さてとなると中々間に合はぬ、先方の親戚の人々と交はつて見ると趣味、態度、言語、技能についてはどことなく引けをとる、これに追隨して行くには、一苦勞である、日本のことはしらぬが米國の富豪が歐洲の貴族に自分の女子を嫁入りさそうとして苦心して居るさまは氣の毒のやうである、女子のしつけは佛國が一番發達して居るからと云つて、家庭教師に佛國人を傭入れ、佛蘭西語をならはせ、音樂を教へ、繪畫、舞踏まで仕込むは勿論、中には巴里の市中又は附近に別莊まで建てゝ兩親とも移つて來て、女子の教養に力を盡して居り、金にあかせて、衣裳をこしらへて、美しく上品に見えるやうにして居るが、氏素性は爭はれぬ、米國の女子は矢張り、米國の女子で金の力でときには歐洲の貴族と結婚はしても結局は甘く行かぬことは多い、姑と話して居る中に「アシユランス」と「アンシユランス」と間違ふて直されたり「エパタン」と云ふやうな市井の語をつかつて叱られたり、やれ衣裳のきこなしがなつて居らぬ、やれ靴が大きすぐるとか云ふて可愛さうに、することなすこと、小言を受けて結局は夫と頼む婿にも飽かれて捨てらるゝ小説が隨分ある、又紐育の十二富豪の隨一たる富豪の家の令孃が帝政時代に出た佛國の某公爵家に嫁入りして、種々の葛藤不和を家庭に起し、結局公爵と親族の一人との間に決鬪すらしたといふやうな實例は、現に十數年前あつた、自分は彼の地に居たとき、新聞で長い間に亙りて、其のいきさつを記述したから、自分は讀んで今もなほ記憶して居る、いづれの時代いづれの國でも、人情には變はりはない、だから親族どもの意見のみに任して門地ある家に女子を嫁入らすと云ふことも、先づ一考を要する次第である、さればとて年齒もゆかず、世事にうとい女子の意見のみに任して、女子の好む人に嫁入らすと云ふことは甚だ危險千萬で、殊に女子の兩親に財産でもあると、これをあてに女子を誘ふものが少くない、かう愛情のない結婚は女子の將來にとりても甚だ危險である、此頃世間の新聞雜誌に喧傳せられて居る東京某名家の椿事なども世に傳ふるところだけでは眞相未だ判然せず、且つ其の中に散見する人々の中には自分の知己友人もあるからこゝに悉しくは述べることは出來ぬが察するところ、自殺せられた令孃の嫁に行つたさきは、相當の資産があつたなら已に出來たことゆゑ、令孃のおつかさんも或はこれを承諾[#「承諾」は底本では「承諸」]したかも知れない、又資産がなくて、裸一貫であつても、立派な人格力量があつて令孃の父たる方が存命であつたなら、無論進んでかの結婚を承認し場合によりては莫大な持參金を持たせて其の立身出世をたすけたことゝ思ふ、現に赤の他人でも父たる人によりて今までに引き立てられ、教育せられて立派な人になつた方々は鮮くないやうである、まして令孃のゆかれた先方は、以前から血を引いて居るとの話である
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