婚姻の媒酌
榊亮三郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)天地《あめつち》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)僧伽婆尸沙者|僧伽《サングハ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)叔梁※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]と云つて

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔kanya_ varayate ru_pam[#mは上ドット付き] ma_ta_ vittam[#mは上ドット付き] pita_ c,rutam〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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(一)[#「(一)」は縦中横]毎々聞くことではあるが、世の中に、何がつまらぬ役目と云つても、祝言の仲人ほど、つまらぬものはない、祝言すんで、新婦新郎仲好く行けば、仲人には用事はない、善く行かずに苦情が出來たときは雙方の家の間に立つて、あちら立てれば、こつちが立たず、こちらの申條を立てやうとすると、あちらの申條を潰すことになり、心配なものである、だから、仲人するやうな愚者は、またと世の中にないと云ふ樣な述懷を、ときどき、耳にするやうなことがある、しかし愚者であつても、賢者であつても、結婚のときに、仲人がなくて、年頃の男女が、夫婦となると云ふことは、將來はいざ知らず今日の日本では、禮即ち善良な風俗慣習でないことになつて居る、法律では、媒酌人と云ふものの存在は、結婚の一要素にはなつて居らぬが、元來日本の法律は、日本の文化の程度に比して、非常に進み過ぎて居る、日本で善良なり、道徳的なりと認められて居る風俗習慣も、日本よりも經濟上、政治上、又學術上進歩した國々では、種々の理由から、夙に消滅してしまつて居るものがある、これらを先進國と云ふが、先進國とは、何もかも先進して居る國と云ふ意でない、殊に道徳などから云へば、經濟上、政治上の影響から、却つて後進國と云はるゝ國より劣つた點もある、斯かる先進國の法律を輸入した結果、一方では先進國との交際に就いては、彼我の便宜鮮くないが、他方では、其の法律智識は未だ國民の間に、充分に浸潤洽浹して居ないから、動もすれば、法律上の智識は、少數者の占有物に歸し、其の少數者は、これを惡用する恐はあつて、道徳上からは社會に批難すべきことであつても、法律上制裁はないことは、どしどしやつて耻ぢないと云ふことが出來る、法律上、結婚の媒酌人の有無は問はぬが、今日の日本で、相當の媒酌人なくして、年頃の男女が結婚すると云ふことは、道徳上善良なることとは云へぬ、又相當の家で正式に縁組をする際、媒酌人のないと云ふことは、先づない、今日の日本では兎も角、古代の支那、印度では、殊に然りである、支那の古代では禮を以つて縁組せねば、野合と云つた、現に孔子の父は叔梁※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]と云つて、顏氏の女と一所になつて、孔子の樣な聖人を生んだが、禮を以つて結婚しなかつたと見えて、野合したと歴史家は云つて居る、如何なる點に於て、禮に缺くることがあつて、孔子の父の結婚を野合と云つたかは知らぬが、いづれの國、いづれの時代でも、年頃の男女が結婚する場合に、相當の媒酌人の存在は、禮に於て必要なことと思ふ、然るに小乘律ではあるが、佛教では、堅く佛弟子に對し媒嫁即ち結婚の媒酌をなすことを禁じて、犯すものには、女人の身に觸るゝことや、男女淫樂のことを説くと同樣に、僧殘罪を以つて問ふて居る、隨分重き罪となつてある、常情から見ると、男女の淫樂の幇助となるやうな媒介は、惡いことに相違ないが、正式の結婚を媒酌することには、何等の支障のありやうはない、戒律上にこれを嚴禁して居るは如何なる理由に基くか、種々支那譯や、「パーリ」文の律典を參照して見ると、假令ひ正式の結婚の場合であつても、結婚後、うまく行けば論はないが、若しうまく行かぬときは、媒酌人は、嫁の兩親眷屬からいろ/\批難せられ、其の媒酌人が、佛弟子であつた場合には、累を僧團に及ぼすからとの事である。
 これを機として、少しく、結婚が其の當事者、當事者の家庭に及ぼす影響に就いて述べて見、引いて、佛教の戒律と、古代印度の法典とを比較して見たい思ふて、本論を草した次第である。

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〔kanya_ varayate ru_pam[#mは上ドット付き] ma_ta_ vittam[#mは上ドット付き] pita_ c,rutam〕|
〔ba_ndhava_h[#hは下ドット
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