しては、如何にもふさはしくない樣な心地は致しまするが、かゝる事は絶無とも云へませぬから一概に否定出來ませぬ。
(ロ)次には、支那には用例はありませぬが、准那の二字が波斯語系の語の音譯であるに適合せんがため、同語系の語で、「米」字の音に邇く且つ姓字に用ひられた例もあるものは、宿曜經などに「蜜」と音譯してある、中世波斯語「ミール」(Mihr)であります。太陽または日の波斯語であります。これならば、かの世親菩薩が教育したと云はるゝ幼日王《バーラーデイテイヤ》と對して、印度中原の鹿を爭うた「マヒーラ・クラ」又は「ミヒラ・クラ」又は「ミヒル・ゴラ」王の姓名の一部をなすものであるから、准那と連ねて讀むと、「ミールゼーダ」と云ふことになり、太陽の子、日の御子、又は日曜日に生れたる子などの解釋が出來て、如何にも將軍、水師提督、「アドミラル」閣下の姓字として適當のやうでありますが、如何にせん、かゝる姓字または名稱は中世波斯の文學には見當りませぬ。
(ハ)中世波斯の文學にも人名としての用例があり、支那人の加へた將軍の二字にもふさわしく、水師提督の身分經歴門地などを表幟するに足る語として、「米」字の發音に邇
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