場合は普通であります。同時に「タ」又は「ダ」と云ふ音を表幟する場合にも用ひられます。かゝる場合は娜の字を用ひますが、時ありて、「女」扁をなくして娜那混同して用ひることはあります。一例を擧げますれば、義淨三藏の作だと古代より傳説せられ、新義古義兩方の碩學から校訂出版せられて居りまする梵唐千字文、又の名は梵語千字文の中で、「聲」と云ふ字に對し攝那(セブダ 〔c,abda〕)の音譯を配し、那の字を「ダ」に響かせてあります。然るに「響」と云ふ字に對し鉢※[#「口+羅」、第3水準1−15−31]底攝娜(プラテイセブダ 〔pratic,abda〕)の音譯を附し、同じく攝那の音を寫すに那の字に代はりて娜の字を使用してあります。要するに那娜二字とも「ダ」の音を寫す場合に混同してある事實を認めねばなりませぬ[#「なりませぬ」は底本では「なりせぬ」]。故に私は米准那の那を「ダ」と發音して差支へはないと思ひます。いづれこの音譯は、金剛智三藏が、廣州に到着せられた場合嶺外節度使が中央政府に報告する文書作成の際か、中書令か又は鴻臚卿の方で廣州の觀察使に回答する文書作成の際かに出來たものでありませうから、苟も舟師
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