ツた。二人は、行き交ふ万人の男女に心を惹かれてきたよりも、もつと稀薄な恋心で、いはば獣の情慾で露骨に結び合つたのだ。それでも呂木は、死のためになら別なふうに、たとへば宝石を愛すやうに愛せることを確信した。存在が絶滅し去ることの凄艶な美しさ――その、生きるものの考へあたはぬ白熱の美を、呂木は最も壮大な、そして静かな形のなかに、不思議に其れを実感のなかで夢見たやうな心持がした。
ある孤独な日、あらゆる悪罵に疲れてのち、宝石の形に女を見た。そして、濡れた舷側から眺められた晴れた日の透きとほる空を思ひ、ときのまの甘さに飽いて、つめたい欠伸《あくび》をまた吐き棄てた。
働くことも不満ではなかつた。女と別れることも悲しくはなかつた。そして、死ぬことにも不満はなかつた。
さういふ幾日がすぎて、呂木は女に別れ、別の漁場へ去つた。
たまたま古い絵葉書のやうになにがしのことを思ひ出した日、呂木は不思議に歴々と、放浪のころ、旅籠《はたご》の庭で桐の葉を截つた宵を想ひ泛べた。何人か垣根の蔭に佇んで呂木を窺ふものがゐた。静かに離れ、いつてしまつた。――そして呂木は、激しい瞑想に耽る人、決して呂木に物言
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