ヘぬ冷い男、自分の影をまた知つた。歎息よりもまだ寒い永遠の他人を呂木は視凝めた。
むかしアラビヤのアルシミストは営々として「哲学の石」を無駄に探した。哲学の石は全ての石を黄金に化すといふのであつた。
呂木は思つた。ちやうど自分は、愚かしい智学の石を自分の中に懐きつゞけた宿命の人ではなかつたのか、と。自分の無役な一生は、畢竟石を金とするために、そして寧ろ、石を金としたために喘ぎとほしてきたのではなかつたか、だがそれは、所詮苦笑にも価ひせず、泪にも価ひしないに違ひなかつた。
それからの呂木はすてばちを愛した。破壊のみ唯一の完成であることを考へられてならなかつた。そのころ酒が味と喜びを失つてゐたが、呂木は無理に酒をのんだ。
港と季節が流れ、そして呂木は、それ程の時もたたぬうちにひどく疲れてしまつた自分を見出して、もはや白日を歓喜する熱狂にさへ乗りきれない自分をあはれんでゐた。落胆それ自身が老いてしまつた自分を見た。哲学の石は育てることも捨てることもできない。
そして彼は広大無辺な落胆のなかに、無味乾操な歎きを知つた。
底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
1999(平
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