桙ナさへ、あとかたもなく忘れつくしてゐることができた。しかし二人は結婚してみてもよかつたし、いつしよに死んでみてもよかつた。そして二人はだらしなく、さういふ話にふざけあつた。真実に飢ゑて徒らに真実の好きな二人。そして、決して実体のない真実を幻の中に愛撫する二人は、もはや現実にあらゆる建設の気力を喪失して、意味もなく真実を怖れた。そして、詐《いつわ》りに耽つた。詐りの感傷に溺れるあまり、無役な熱狂へまで、些少な建設へまで駆り立てられる懶うさを怖れ、詐りに詐りをかけて草臥《くたび》れ果てた。蒼ざめた重い仮面が秋風のやうに落漠として、二人の情慾を高尚にした。二人は自らの秋風に恋慕した。秋風のなかで醜いものを宝石とする甘い魔法にもう癇癪も起さなかつた。反省を苦笑に紛らす力もなく、ひたすらに全ての屈託と現実をなつかしみ、苦笑さへ浮ばぬための意味ありげな顔付をいとほしんで、水流を視凝めるやうな寂しさを心にともし、いだきあつた。

 もはや我々の生活では、最も人工的なものが本能であり得ることを、呂木は絶望と共に知つた。

 女は悧巧でさへなかつた。あらゆる欠点の魅力をのぞけば塵埃《ごみ》のやうな女だ
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