起すのであつた。クララは博士を抱き上げて濡れた顔を親切に拭いてやり、
「博士はもう今日は一滴も呑んではいけませんの――ね、約束しませうよ。博士は三文詩人や落第生みたいな手のつけられない呑んだくれぢやありませんわね……」
「ワ、ワシは手のつけられない呑んだくれぢやアよ」
博士は突然クララの膝から立ち上つて走り出し、アブサンの壜を抱えていきなりポン! と慌ただしげに栓を抜こうとするのであつた。
「およしなさい! それこそ動けなくなつてしまふわ。奥さんに叱られますよ!」
「ウー、違わあい! それは、嘘ぢやあよ」
博士はてれて恥しげに縮こまり乍らモヂモヂと言訳を呟き――そしてチラリと僕に流眄《ながしめ》を浴せて殆んど僕の死滅をも祈るかのやうな怖しい憎しみを強調してみせるのであつた。斯うして博士は僕を激しく憎み初めたのだ。
[#7字下げ]3[#「3」は中見出し]
森の酒場では、夜更けから夜明けへ移る不思議に間の抜けた懶い瞬間に、(それが毎日の習慣であつたが)一つのクライマックスが――あらゆる悦び、あらゆる悲しみ、あらゆる歎き、あらゆる苦しみの最大頂天《バラキシミテ》であるところの旋風の
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