の魂がなくなつたあ! お、俺の魂を探して呉れえ! わあわあ悲しい……」
「お、俺の魂を貸してやるから心配するな!」
見兼ねた奴が突然目の色を変へて立ち上ると、サッと心臓へ手を差し入れるが其処にも無い――彼は慌てふためいてポケットの裏を返したり舌を撮んだりしてゐるうちに、これもワアッ! と逆上して空気に躍りかかるのであつた。
「お、俺の魂がなくなつたあ!」
「心配するな! お、俺のを貸してやる!」
「お、俺の魂を貸してやる!」
「お、俺のを……」
「お、俺のを……」
斯うして部屋中の酔つ払ひが、一様に卓子を倒し椅子を踏みつけ右往左往湧き上つて、目の色を光らせ乍ら空気を追駈け廻るのであつた。その時まで止め損つてフラフラしてゐた酒場の親父もワアッ! と気附いて忽ち上衣をかなぐり捨て――
「シ、心配するな! オ、俺の魂を貸してやる!……」
「アラ変だわよ、お父さんの魂なんて……」
「バ、バカぬかせ!」
ヤッ! と心臓を探したところが、これも亦見当らない――慌ててズボンのポケットを掻き廻したり靴を振つたりしてゐるうちに、彼も亦皆目見当を見失つてワアッ! と逆上しながら空気の中へ躍り込んでしまふのだ。最後に一人取り残されたバアテンダアが――
「ワアワアワア! マ待つて呉れえ! 家が潰れてしまふよう! 大変だあ、大変だあ! タ、魂を拵へるから、マ、待つて呉れえ、タ、頼むからよう!……」
と泣き喚きながら、やにわにカクテル・シェーカアの中へ自分の身体をスッポリもぐすと、これにコニャックとジンを注ぎ込みシャルトルーズに色づけをしてクルクルくるくると廻転しはぢめるのだ。タッタッタッとグラスを並べて身体諸共躍り込み、
「デ、デ、デキタ!――」
「ワッ!」
一群の酔つ払ひは嵐のやうに殺到して、グイグイ呑みほしてしまふと、グッタリ其の場へ悶絶して動かなくなつてしまふのだ。そしてその頃ホノボノと森の梢に夜が白みかかつてくるのであつた。――霓博士が此処の常連に加はつて以来、この廻転の速力が一段と目まぐるしい物になつたと言はれてゐる。
ところが或日のことであつた。その夜は僕が先づ真つ先に立ち上つて、クララに魂を捧げやうとしたのであつた。
「おお、星の星、樹の樹、空の空!」
「お止しなさい! そして貴方なんか森の奥底へ消えてしまふといいんだわ。あたしは貴方のやうなネヂけた人の魂なんか欲
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