胸の中からウインクして、手をふって合図をした。
この山奥の娘が! ウインクという奴は日本はおろか東洋の性格にもないけれども、これをこの山奥の日本娘が突然やっても、ともかく板についている。シンガポールのパンパンやサルウィン河の娘がやっても板につくに相違なく、これはつまり国籍に属するものじゃなくて女の淫蕩と獣血に属するものなのだろう。
東洋を股にかけて人種の間をうろついてきた貞吉は思えば異常という感なしに、素直に受けいれられぬ風物であった。まったくそれは風物だ。戦争と兵隊がそもそも風物で、貞吉はその戦争と兵隊の時間のうちに、古さとすべて過去というものを、みんなを忘れてきたような気持であった。
彼はさっそく明日からあのチンピラを呼びだしてアイビキしたいと考えたが、住所も名前もきゝ忘れた。仕方がないから、それを突きとめるのを明日からの日課にしてやろう。差当ってそんなことをする外には、これと云って何をする目当もなかった。
長兄の正一郎が戸主であるが、この男は昔から兄弟の情などなくて、物質万能の生れつき。田舎の旧家の長男にはこんなのがタクサンあり、生れながらの金庫の番人というような性格
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