チラチラ視線を向けていた。体格がよくて、肉の厚いサシミみたいな胸のもりあがった娘であるが、シャクレた生意気な顔付で、男をみるとき動物みたいな険しい目をした。二三年間ぐらいは都会で生意気な生活をしてきたような感じであった。
 娘は待っていましたと言わぬばかりにうなずいた。腕をくむとワキガの匂いがプンと鼻をつく。汗ばんでいるのだ。
「君は戦争中は東京の工場へ徴用されていたな。当ったろう」
 女は首を横にふった。
「戦争が終ってから一年ぐらい行ってたのよ。それまでは田舎の工場で働かされていたの。戻らなきゃよかった。又、東京へ行きたいのよ」
「行けばいゝじゃないか」
「当《あて》がないもの」
「東京の何がたのしかった?」
 女はそれに返事をしなかったが、
「あんた、いずれ東京へ行くでしょう」
「どうだか。オレこそ何一つ当がない。何をすりゃいゝんだか、分りゃしない」
 女は貞吉の気持なぞには取り合わず、
「あんた上京するとき、誘ってね」
 そしてウインクした。
 村のマフラーのアンチャンが別の女と踊りながら、「今度な」と女の肩をたゝいたから、貞吉はそれで別れて帰ったが、帰るときも、マフラーの男の
前へ 次へ
全38ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング