、そして、そこにはジャズバンドも、電燈すらも、女には紅も着物すらもなかったが、動物や野菜の野合よりもチョット人間的な、小さな虚無と詩があったような気がする。
然し、貞吉は野菜の組うちを憎む気持はない。反撥も怒りもない。すこし、同化しにくゝ、むずかゆいような気がしたが、百姓だの八百屋だの郵便配達だの坊主だの女工だの、小さな自分の生活範囲、二里四方ぐらいの空間に限られた世間の外には考える生活もなかった人々が、自分の意志とは関係なしに北京だの上海だのマニラだのシンガポールという人種の違う国へでかけて、勤労とか経済とか生計という当然の生活通念もなしに漫遊旅行をしてきた。そういう洋行帰りというものが、こんな風になるのも別におかしくはない。そうして、洋行さきのどこにも無かった形のものが、キノコみたいに、珍妙な恰好でこんなところへ出来上ったというのだろうか。まったくこんなキノコは貞吉の洋行さきのどこにもなかった。そのバカバカしさは彼を愉快、陽気にさせる性質のものだった。
「あ、おい、君、ちょっと。オレと踊ろうや」
と貞吉は一人の女を呼びとめた。
この娘はさっきからチョイ/\貞吉を意識して、彼に
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