米は衣子や貞吉には食べさせない。握りめしにして、彼らだけ、オヤツに食うのである。
 衣子は婚礼衣裳やら、結婚するとき、タンスに七ツほど衣類をいっぱい持たされたから、それを売って、生活には困らなかった。
 貞吉は全然自分の所持品というものがない。正一郎が食わしてくれるものはチョッキリ配給のものだけで、余分のものは食事以外のところで、自分たち親子だけで食うようにしているから、貞吉はいつも腹がへっている。
 戦争中も、捕虜になっても、腹がへり通しであったが、母国へきてもまだへり通しで、捕虜の時よりもひどい。
 倖《さいわ》い、衣子が食べさせてくれる。
 子供の時から貞吉は衣子とは本当の兄と妹のように育ったから、彼の帰還をともかく親身に迎えてくれたのは衣子だけで、然し八年の空白をおいて十六の女学生から二十四の出戻り娘にうつると、これが同じ衣子か、さっぱり正体が分らない。
 なるほど美人だ。変に色っぽいところがある。多情淫奔のタチかも知れぬ。妙に太々《ふてぶて》しく、度胸をすえて人生を達観しているようなところもあり、腹の中に何を企らんでいるか見当がつかないような感じであった。
「お前、いつまで、
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