この鍋は新しいもんだな」
「ハア、この前、町へ行ったとき、ヤミ市というところで涙をのんで買いましたよ」
「なんだい、品物がへるどころか、却って、ふえてるじゃないか」
「だって何も持たないのだもの、ふやさなきゃ煮炊《にたき》もできませんよ」
「じゃア、お前はタケノコしないのか」
「タケノコするような余分なものは何一つないじゃありませんか。タケノコできる人は、幸せだと思いますよ。だから兄さんもタケノコやって、私に手伝わせて下さい、というんですよ」
「タケノコせずに、芋や大根や米や、どうして買えるんだ」
 正一郎のギロリと光る目の色をみて、幸蔵も気がついた。正一郎は疑っているのだ。持ち物を一々改めたのもそのためで、土蔵の中の物や屋敷の中の何かを盗んで売って暮しているのじゃないかと怪しんでの来訪なのである。幸蔵もゾッとした。
「兄さん、とんでもない。私はこの屋敷のものは何一つ手をつけたこともありませんよ」
「お前、何を言う。オレはお前が泥棒だと云うてやせん。タケノコしないで、どうして米や芋や大根が買えるか、きいてるのだ」
「私も一段歩ほど耕していますよ。それに、村の者が気の毒な引揚者だというの
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