魔法の泉、エネルギー、生命の源泉というわけで、彼は人にやりたくないから一斗二升ぐらいずつ毎日でてくる魔法の泉を女房子供一家四人で無理して呑む。幸蔵一族、貞吉、衣子には一滴もくれてやらない。
正一郎はケチのくせに見栄坊だから、自分で田を耕す決断がつかなかった。彼の親類に当る地主たちは、一家ケンゾク各々私田を開墾し、肥《こえ》タゴかついで勇敢にやっているという時節柄だが、彼だけは一|段歩《たんぶ》の私田も残さず、それというのが、彼はひところ何々会社取締役というようなことを三つばかり兼ねていたようなこともあるから、実業界でなんとかなろうと見込んでいたせいもあった。然し、戦争中、山奥の疎開がてら引ッ込んだのが運のつき、人情人心ガラリと変って、もう一度切れた糸をつなぐことはできない。本土決戦、然し、本土が戦場になる前に町が燃えてしまう、まるでもうお焼き下さいというようなタキツケみたいな都市なんだから、タキツケの中に火タタキなどを一本そなえて天を睨んでガンバッたってどうなるものか。
そこで彼は都市の住居を売り払い、タキツケを何万で買うとはバカな奴よと、一人しすましたり山奥のふるさとに落付き、然
前へ
次へ
全38ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング