なってしまった。然し彼は標高一四五〇|米《メートル》という山塊を屋敷の背中にひかえ、又、谷を距てた前面にも標高一二八〇米から一一〇〇米ぐらいの小連峯をひかえ、これがみんな彼の持ち山なのである。
 彼の県内にも戦災都市があり、冬は寒い国柄であるから、建築用材、木炭、薪、需要は大いにある。けれどもこんな山奥からでは運賃に食われるから、亭々たる大木が無限にあっても宝の山をいだきながら、一文にもならない。戦争中は挺身隊だの学徒隊だのというのが無賃で運送に来てくれたから、このへんの炭焼きは儲けたものだが、今はそれもダメ、有り余って、村内ではマル公の半値以下で捨売りされており、炭焼もこの節は炭を焼かずに田畑を耕している。その田畑はつまり元は正一郎の田畑をマル公で買った性質のものである。
 株券は紙クズであり、預金は封鎖され、この山奥では新円稼ぎに映画館をブッ建てるわけにも行かず、ヤミ会社を始めることもできない。
 米もミソ醤油も配給であり、せめて※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]を買い卵ぐらい盛大に食いたいと思ってもエサがないとは何事であるか。目下彼の最大の秘宝は三頭の山羊で、この乳だけが
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