一人できたが、姑にまかせっ放しで母親らしくしてやったことも無かったそうだ。亭主は出征して戦死したが、戦死しなくとも、帰還のあかつきは離縁の肚にきめていたそうで、もちろん婚家へ戻れなくなり、戻る気もない。よって正一郎の完全なるヤッカイ者の一人であるが、子供は婚家にあって一人身であり、なかなか美人だから、いずれはどこか売れ口の見込みがあり、前途があるから家族なみに生活させて貰っている。
 貞吉はまだ分家していない。まだ新憲法に半年ほど間のある時で、さすればこれは民法上家族の一員であるから、生きて生家へ戻るとは怪《け》しからん奴めと表向き言うわけにも行かない。
 三男の忠雄は戦死した。これは分家分禄して、東京に小さな売家を買ってもらい、女房に二人の子供があるが、家の方は戦火で焼けて、女房子供はその実家へ帰っている。この村から十里ほど離れた村の地主の娘だ。
 正一郎は貞吉が帰還した二日目にはもう策戦をあみだして、忠雄の寡婦と貞吉に結婚しろという。忠雄には五万円ほど分禄してやった。それがみすみす他人の生活費になるのもつまらぬ話だから、三男の寡婦のところへ入聟《いりむこ》すれば、ムダなものが一つも
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