を住宅向きにフシンしたけりゃ自分の金でやれという。幸蔵は文なしだから、土蔵の中で動物園の動物程度の生活をしている。
 この幸蔵が貞吉の生還を喜ばないのである。貞吉というヤッカイ者が一人ふえると益々自分たちが邪魔にされるというらしい様子だが、貞吉にはそれが阿呆らしくて仕方がない。動物園の動物以上に虐待の仕様もないではないか。
 けれども、貞吉をいっぱし邪魔物にヤッカイな奴めという風に扱う。それは正一郎が貞吉の生還をウルサガリ、ヤッカイ者に扱うから、それにウマを合わせて正一郎の御機嫌をとり結ぶという様子でもあり、それはお世辞を使ったって一文のタシにもならないのだが、シシとして、たゆまず貞吉を咒い邪魔がっているのである。
 異母妹は衣子と云った。五ツ違いであるが、これが又、御多分にもれず当家のヤッカイ者の一人なのである。
 十九のとき結婚した。男は土豪の次男坊で、東京で銀行員をしていたが、二人の生活は幸福ではなく、その原因は衣子の我がまゝにあったという話である。男はマジメ一方の秀才であったそうだが、衣子は亭主と打ちとけず、姑とは仲が悪く、昼は外出して映画を見たり遊び歩いていたそうで、男の子が一人できたが、姑にまかせっ放しで母親らしくしてやったことも無かったそうだ。亭主は出征して戦死したが、戦死しなくとも、帰還のあかつきは離縁の肚にきめていたそうで、もちろん婚家へ戻れなくなり、戻る気もない。よって正一郎の完全なるヤッカイ者の一人であるが、子供は婚家にあって一人身であり、なかなか美人だから、いずれはどこか売れ口の見込みがあり、前途があるから家族なみに生活させて貰っている。
 貞吉はまだ分家していない。まだ新憲法に半年ほど間のある時で、さすればこれは民法上家族の一員であるから、生きて生家へ戻るとは怪《け》しからん奴めと表向き言うわけにも行かない。
 三男の忠雄は戦死した。これは分家分禄して、東京に小さな売家を買ってもらい、女房に二人の子供があるが、家の方は戦火で焼けて、女房子供はその実家へ帰っている。この村から十里ほど離れた村の地主の娘だ。
 正一郎は貞吉が帰還した二日目にはもう策戦をあみだして、忠雄の寡婦と貞吉に結婚しろという。忠雄には五万円ほど分禄してやった。それがみすみす他人の生活費になるのもつまらぬ話だから、三男の寡婦のところへ入聟《いりむこ》すれば、ムダなものが一つもなくなって、万事都合がよろしい。
 貞吉はたゞヘラヘラと変テコな笑い顔で、ウンともスンとも返事をしないから、正一郎は馬鹿な奴めという顔をして、
「なア、オイ、お前には分家分禄、そんなもの、ありゃせんぞ。御覧の通り、敗戦以来、地主は田地召しあげ、食う米はない、ヤミの米買う金もない、半年あとに新憲法、どっちみちお前を分家する必要もなし、分禄してやる必要もない。新憲法施行の日から、オヌシは独立の一家の主人、よその旦那だから、このウチから黙って出て行って貰う。分るだろうな。いゝも、悪いもない。承知、不承知もない。法の定めるところだ。だから、忠雄の五万円、お前が継ぐのが身の為だ」
「新憲法はいつからだね」
 貞吉がきくと、正一郎は渋い顔を深めて、
「何の用がある?」
 新憲法施行の前に、貞吉が訴訟を起すとでもカングッタ様子である。
「兵隊から帰ったばかりだから、新憲法が何だか、オレは何も知らんよ。いつから新憲法になるだね」
「来年の五月五日だ」
「なるほど。その日から他人だね。じゃア、それまでネバろうや」
「何をねばるんじゃ。入聟の返事か」
「居候のことさね。その日がきたら、出て行くことにしよう」
 こういうことになっているから、貞吉の生活はあと半年ほど安泰で、村のチンピラ娘でも口説かなければその日を暮す当もないのである。
 貞吉にも、それとなく当座の目当はあった。さしあたりヤミ屋をやろうということだ。つとめる当もなく、手に特別の職もないから仕方がないが、便利の時世で、右から左へ物をうごかすと、金になる。敗戦というものが、こんなに気楽に暮しよいものなら、結構なものだ。昔は物を右から左へ動かしたって、一文にもならぬ。
 こういう便利な当があるから、貞吉は内々安心している。ノホホンとしていても、それとなく目にふれる限りのヤミ屋の流儀を観察して、他日にそなえる心構えが自然に生れているのである。
 然し、正一郎は実際ヤリクリ四苦八苦であった。もっとも火の車だからヤッカイ者を邪魔にするわけじゃない。元々相当の大地主、金満家であったときからヤッカイ者は大のキライで、わが持てる物がいくらかでも減るということは、もてる物が多いほど、尚つらく口惜しく無念なものであるという正一郎の見解であったが、少いものが減るのもヤッパリ同じように無念なものということが分った。
 田地は召しあげられて米は配給に
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