、あのアマッ子と今日の十時に会う約束じゃアなかったか」
「そんな約束だったね」
「落ちついてちゃいけないよ。もう九時半だぜ。急いで行かねえと間に合わねえや」
「間に合わなけりゃ行かないよ」
「娘にわるいぜ」
「じきほかの男を見つけるよ」
「変に落ちついてるね、この人は。あんないい娘に二度とめぐりあえるもんじゃねえや。気の毒だよ、行ってやんな」
「オレは警備員を求めている工場の方へ行きたいね」
「いけねえな、この人は。人間はまず持つべきものを持たなくッちゃアいけねえよ。オメエが行かなきゃ、よーし、オレが一ッ走り、行ってくるから、待っててくんな。娘が待ってるといいがなア」
 もう十時ちかい。上野へつくのは、かれこれ十一時になりそうだ。さりとて円タクをフンパツするわけにもいかない。ドロボー君は飯も食わずに大急ぎでとびだした。



底本:「坂口安吾全集 14」筑摩書房
   1999(平成11)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第七巻第一一号」
   1953(昭和28)年9月1日発行
初出:「小説新潮 第七巻第一一号」
   1953(昭和28)年9月1日発行
※「人生オ
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