で彼は改めて、こんどは大きな跫音をひびかせようと意識しながら階段を登つてみたが、跫音は彼の心が思ふ高さの半分くらゐを響かせるのがせいぜいだつたし、タツノはいくらか違つた姿勢でやつぱりねむりこけてゐた。思ひきつて部屋へ這入つて本を探してこようかと思はぬこともなかつたが、すくむやうな気臆れがいきなりグッとせまつてきて、彼はまた忽ちもはやどん/\階下へ降りてゐた。ちらと視線が流れたばかりにすぎないはずが、まるで眼の中へ焼きこまれたと思はなければならないやうな強烈な印画で、××××××××××××××視野いつぱいにひろがり、部屋いつぱいの大きさにふくらみあがり、安川の顔へめがけてわッとおしつけてくるやうだつた。
彼は再び階下の部屋をひとつびとつウロウロまはりはじめたが、さつき階下をぐるぐる一巡した時にはどこの部屋にも誰一人ゐなかつたといふ印象がいきなり頭をしめつけるほど強烈に意識にのぼり、心の構へが突然変つて、彼は部屋の各々に人気のないのをたしかめながら、息を殺して一巡した。果して誰の気配もなかつた。一応なにか、とにかく考へなければならないことがあるやうな気がして、彼は暫く茶の間の中央に突つ
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